鷺山校区コミュニティ情報サイト

鷺山自治会連合会

―<鷺山>地域の特徴―
自治会の状況を中心として
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<鷺山ミニ・ヒストリー>
鷺山地域は長良川を境に南北に分断される岐阜市北部のほぼ中心部にあります。斎藤道三とその娘にして織田信長の正妻濃姫が住んだところとして知られる「歴史」と鷺山の緑と鳥羽川・伊自良川の「自然」に恵まれた豊かなまちです。
明治の大合併により正木、下土居、鷺山の3村が合併して鷺山村が誕生し、さらに昭和の大合併により岐阜市へ合併されました。現在の鷺山自治会連合会傘下の自治会の名称にもこの3つの地名があります。ちなみに鷺山自治会連合会では58の自治会を5つの地区に編成していますが、その地区名は鷺山、正木、清洲、古川、緑ヶ丘であり、下土居の自治会は鷺山地区のなかにあります。以下にそれぞれの地区の特徴を紹介します。

◆鷺山地区◆
正木地区とともに戦前までは畑作や養蚕を中心とする農村としての特徴を留めていましたが、戦後の経済の高度成長とともに道路、下水道などインフラ整備が進み、特に岐阜環状線の開通と土地区画整理事業の推進でロードサイドショップの進出や住宅開発が進んできております。中部学院短大附属幼稚園、鷺山保育所、鷺山小学校、青山中学校等教育機関が集中する文教地区としての側面も見られます。夏目漱石の門下生である森田草平の生家の存在も教育文化的なまちの趣を醸し出しています。
自治会数 16
世帯数 1007
世帯割合 33%

◆正木地区◆
正木地区も戦前までは農村としての特徴を残す地区でありましたが戦後、川島紡績正木工場が建設され、千数百人にも及ぶ従業員が働く工場として栄たことにより正木地区のまちも大きく変貌を遂げました。その後の繊維不況から工場はショッピングセンターのマーサ21に生まれ変わりましたが、正木地区では3件の土地区画整理事業が進められたことにより交通環境等のインフラ整備が進み、岐阜市北部の中心的な商業地域として発展を遂げております。今後も長良糸貫線の伊自良川以西延伸で正木地区の発展ポテンシャルは高いことが期待されます。
自治会数 16
世帯数 807
世帯割合 27%

◆清洲地区◆
清洲地区は古川、緑ヶ丘地区とともに住宅街としての特徴があります。旧長良川の支流である古川、古々川を締め切ってできた広大な河川敷を利用して官公庁施設(岐阜簡易保険局-今は「かんぽ生命」、岐阜北警察署-今は「岐阜北消防署」、少年鑑別所、岐阜拘置所)が設けられるとともに、戦後の住宅難解消のため公営(住宅営団)で住宅開発が進められたところです。住宅開発は、清洲地区に続いて古川地区、緑ヶ丘地区の順に進められていき、それに伴って鷺山本通りが商店街として発展していきました。鷺山本通りには岐阜市で最も早く設置された地下道があります。
現在、清洲地区はじめこれら3地区では住民の高齢化と空き屋の増加という課題を抱えています。
自治会数 8
世帯数 360
世帯割合 12%

◆古川地区◆
ここは清洲地区同様、戦後の住宅難解消のため河川敷の跡に岐阜市が住宅開発を行ってできた町です。1軒当たりの敷地は狭く、内湯を設けるゆとりも無かったため、この地区には懐かしい銭湯が今も営まれております。地区名の古川は、長良川の旧流のことですが、自治会名に若水、古川、玉川のように水流を示すものが目立ちます。なお清洲、古川、緑ヶ丘の3地区には現在、正木川という小河川(但し1級河川)が流れています。正木川以南の古川、緑ヶ丘地区には農地が広がっていますが則武地域と並んで岐阜特産の枝豆、大根そしてイチゴの産地として知られています。
自治会数 8
世帯数 300
世帯割合 10%

◆緑ヶ丘地区◆
ここも、戦後の住宅難解消のため河川敷の跡地を利用して住宅開発が行われてできた町です。ここの住宅開発の主体は岐阜県と岐阜市です。地区の西端には岐阜大学教職員の共同住宅があります。地区名の緑ヶ丘は、自治会名に緑ヶ丘はじめ、千草町、若草町、月見町(河原に咲く月見草からとったと言われる)のように河川敷の草花のイメージから名付けられたと考えられます。鷺山本通りには岐阜市で2番目につくられた歩道橋があります。
自治会数 10
世帯数 525
世帯割合 18%

鷺山自治会連合会の自治会合計は58自治会 世帯数合計は3000世帯
平成28年4月現在です

団体連絡先

会長(緑ヶ丘地区) 乾 尚美
会長住所 岐阜市鷺山1995-2
会長TEL 058-231-0040
副会長(鷺山地区) 笠井 茂
副会長(正木地区) 豊吉 康至
副会長(清洲地区) 青木 小夜古
副会長(古川地区) 水野 吉近
会計 市橋 正一
書記 後藤 竹司